「AIを導入すれば人件費が削減できる。」
「社員を減らして利益率を改善しましょう。」
「会議を減らし、AIに仕事を任せれば効率化できます。」
最近、このような”にわかAI経営コンサル”のような提案を目にする機会が急激に増えました。
確かに間違ってはいません。
しかし、経営において最も危険なのは、一見すると正しいように見える正論です。
私はこれを「AI業界のミスリード」と呼んでいます。
AIは合理化の専門家であって、経営者ではない
AIは大量の情報から最も確率の高い答えを返します。
つまり、
「一般的には正しい」
答えを出すことは得意です。
しかし、企業には一社一社違う文化があります。
・創業者の価値観
・社員同士の信頼関係
・顧客との長年の付き合い
・地域とのつながり
・社内にしか存在しない暗黙知
こうしたものはデータ化されていません。
だからAIは見えません。
見えないものを最適化することはできないのです。
合理化すれば利益が増えるとは限らない
経営では
利益=売上−コスト
です。
多くのAI顧問はコストだけを見ます。
だから、
「人を減らしましょう。」
「部署を統合しましょう。」
「AIに置き換えましょう。」
という提案になりがちです。
しかし、人を減らした結果、
・新商品のアイデアが出なくなる
・顧客との距離が遠くなる
・社員の挑戦が減る
・会社の雰囲気が悪くなる
そんな会社を何社も見てきました。
コストは下がった。
しかし売上はもっと下がった。
これでは合理化ではなく、会社の体力を削っただけです。
人と人が集まることでしか生まれない価値がある
企業は仕事を処理する工場ではありません。
人が集まる場所です。
昼休みの雑談。
廊下での立ち話。
部署を超えた何気ない相談。
こうした偶然のコミュニケーションから、新しい商品や新しいサービスが生まれることがあります。
音楽で言えば即興演奏。
経営で言えばインプロヴィゼーションです。
これはマニュアルでは作れません。
AIも苦手な領域です。
合理化ばかり進めれば、この「偶然」が会社から消えていきます。
その瞬間から、会社は新しい価値を生み出しにくくなります。
官公庁がAIで合理化し過ぎると地方は衰退する
これは企業だけの問題ではありません。
例えば県庁や市役所。
AIによって大量の人員削減が行われたとします。
すると県内で最も優秀な人材が働く場所が減ります。
彼らは東京へ行きます。
外資系へ行きます。
AI企業へ行きます。
結果として地域には、
・起業家
・研究者
・リーダー
・未来を担う若者
が残らなくなります。
行政には行政サービスだけではない役割があります。
地域の人材を育て、地域に留めるという役割です。
これを「非効率だから」と切り捨てると、地方そのものの競争力が失われます。
AIとの相性は業種によって全く違う
AIは万能ではありません。
例えば、
経理や事務処理、文書作成はAIとの相性が非常に良いでしょう。
一方で、
営業、研究開発、教育、デザイン、新規事業、人材育成。
これらは人間同士の対話や感情、経験、偶然の発見が価値になります。
AI導入の正解は業種ごとに違います。
それなのに、
「AIで合理化しましょう。」
という一言で片付けるコンサルティングは危険です。
AIは平均点を教えてくれる。しかし企業は平均点では勝てない
AIは平均を学びます。
しかし企業が利益を生み続ける理由は平均ではありません。
他社にない強み。
独自の文化。
社員同士の信頼。
地域との関係。
顧客との長い付き合い。
こうした「数字にならない資産」が企業価値を作っています。
AIは優秀な参謀にはなれます。
しかし、会社の魂まで理解する経営者にはなれません。
「AI顧問」の言葉を鵜呑みにしない
これからは「AI顧問」を名乗る人が増えるでしょう。
もちろん、本当に優秀な専門家もいます。
しかし、AIが出した一般論を、そのまま経営判断として勧めるだけの人も増えていくはずです。
経営者が見るべきなのは、
「何を削れるか」
ではありません。
「何を絶対に削ってはいけないか」です。
利益は合理化だけでは生まれません。
人と人との信頼。
偶然の出会い。
挑戦する文化。
会社だけが持つ独自性。
これらを守りながらAIを使える企業こそ、本当の意味でAI時代の勝者になるでしょう。
AIは経営者の代わりにはなりません。
AIはあくまでも道具です。
AIコンサルブームです。
道具に会社を経営させるのではなく、経営者がAIを使いこなす。
その順番だけは、決して間違えてはいけないのです。